満腹感と食べる喜び

セミの鳴き声がコオロギに変わり、日に日に秋が深まっていくのを感じます。

秋といえば食欲の秋ですね。栗に松茸、梨や柿。新米も採れます。そして秋の味覚の王様、秋刀魚。 食べるってすごく豊かな気持ちになりますよね。

食べる喜び

食べる喜び

フィンランドでの面白い研究

フィンランドのトゥルク大学である研究が行われました。

それは、人間の食べるという行為による「満腹感」と「食べる喜び」の背景にある脳活動を明らかにしようという研究です。

それは、被験者である大学生10人に対し、1ヶ月の間に3回空腹で大学に来てもらい、1回目は空腹のまま何も食べずに、2回目はピザを楽しんだ後、そして3回目は栄養ドリンクを飲んだ後、ポジトロン放出断層撮影(PET)検査を行うというもの。

PETで何を調べるかというと、脳内神経伝達物質であるエンドルフィンやドーパミンの分泌の有無です。

これらは私たちの快感を支配する最も重要な報酬系神経伝達物質で、別名脳内麻薬物質と呼ばれています。食べ物にありつくとこれらの分子が脳内で分泌され、満足感につながることが知られています。

私たちの脳の中で麻薬物質が作られると聞いて驚かれる方もおられるかもしれませんが、これが私たちに満足を与える重要な信号になっています。ただし、このメカニズムのせいで依存症や麻薬中毒というものが引き起こされたりもするわけですが。

驚きの研究結果

まず質問票で被検者にピザか栄養ドリンクかどちらが満足したかを聞くと、全員ピザには喜びを感じるが、栄養飲料には喜びを感じないと答えています。

しかし、脳内麻薬物質の分泌を調べてみると、ピザでも、栄養飲料でも、空腹が満たされれば、脳の広い領域で麻薬物質が分泌されることがわかりました。

最初研究者たちは、ピザを楽しむ方が脳内麻薬の分泌が多いと考えていたようです。しかし、実際の分泌量は栄養ドリンクを飲んだ時の方がピザを食べた時より多いという結果が出ました。快感を支配する領域に絞って細かい測定も行なってはみたものの、結局調べたすべての場所で、ただ食べるだけの方が楽しんで食べるより麻薬物質の分泌が高いことがわかったのです。

この研究結果から、脳内麻薬物質の分泌は、満腹感とは密接に関係していても、喜びとは結びついていなかったという結論が導き出されたのです。

満腹感は生存本能の充足

なんの味っけもないただの栄養補給の方が、楽しみながら食事するよりドーパミンなどの脳内麻薬物質が出るという事実は、にわかには信じがたいことです。

ですが、ドーパミンが生存本能に直結している神経伝達物質だという事実からすれば、それは至極当然だと言えます。

私たちは人間である前に一つの命です。生命を維持し子孫を繁栄させようという生存本能を持っています。これこそが生きる力の源です。生物は皆必死に生き延びようとしています。たとえリスクがあっても命がけででも「食べる」という行為をさせようとするのが食欲です。食べることができたということは、生き延びることができたということでもあります。だから脳はドーパミンによる満腹感というご褒美、つまり快感を与え、私たちにまたお腹が空いたら食べるようにと仕向けるわけです。

満腹感とは生存欲求が満たされた証であり、そこに楽しいとか喜びとかは関係ないのです。

空腹はストレス

食事をすることで生命を維持している人間にとって、満腹感が生存欲求の充足なら、空腹感は一種の危険信号です。

空腹が続くということはそれ自体が生存本能を脅かす強いストレスとなります。すると脳内ではノルアドレナリン神経系が活性化して、イライラしてきます。さらに空腹が続くとドーパミン神経系が活性化し、食欲がどんどん増大してきます。これが「腹減った!」という状態です。

そして高まった食欲に突き動かされて食べるという行為を行います。この間はずっと交感神経優位が続きます。

ピザにあって栄養ドリンクにないもの

食事という行為で働いている体の部位は、口や食道、胃、腸、膵臓といった消化器系です。これらの臓器を動かしているのは副交感神経です。

人間は、食事をすると消化器系を働かせるために脳内ではセロトニンが分泌され、自動的に副交感神経を優位にさせるようになっています。

セロトニン神経系が活性化すると、消化器系を働かせると同時にノルアドレナリンとドーパミンの分泌を抑えます。

その結果、リラックスがもたらされます。

このようにして、体の機能や精神のバランスが保たれるようになっているのです。

この、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンの分泌量が絶妙なバランスで保たれている状態こそが、脳が喜びを感じるということなのだと推察できます。

喜び=安心安全+満足+リラックスなのです。

ところが、栄養ドリンクを飲むときには噛んだり咀嚼したりという運動が起きません。消化に手間のかからない栄養素が入ることで、一気にドーパミンが分泌され、満腹感は得られるものの、セロトニンは出ないわけです。

つまり、栄養ドリンクによるエネルギー補給とは、交感神経優位で脳を興奮しっぱなしの状態にさせ、無理やりやる気を持続させるのに適していると言えるでしょう。